妖怪反復オジサン
夜の9時をまわったころの、世田谷区内のあるスーパーの鮮魚売り場。
私はいつものようにゴージャスな晩餐をむかえるため、ひとつだけ残っていたカツオの刺身を手にとって、ながめていました。
「これよりギョーザのほうが安売りしてるんじゃないかなあ……でも、やっぱりカツオはいいなあ……」
選択を迷っていた、そのときです。なんともせつなそうなオジサンの声が、うしろから響きました。
「カツオかぁ……」
ふりかえると、60代のオジサンが悲しげに私の手元を見つめていました。その瞳の翳りに打たれた私はそんなに欲しいのなら……と、カツオを元にもどしました。
そして、横にあった「子持ちシシャモ」を手に取ったのです。すると、またしてもオジサンの声が。
「シシャモかぁ……」
さっきカツオをゆずったじゃないの。さすがにムッとした私がふりむくと、なんとオジサンはいつのまにか、2メートルも先に進んでいました。
どういうこと?言いたいだけ?それからオジサンはニヤニヤしながら、マグロの値引きに手を伸ばして、購入していました。
えっ、ひょっとしてオジサンは私がカツオとか子持ちシシャモしか買えないから、私を哀れんで言ったわけ?くやし~い!
でも、マグロの値引きより、カツオとか子持ちシシャモとかのほうがお得だし……。